[SFSジャーナル Smile Leaders]

#SmileLeaders 002
細川佳代子

“命を輝かせる”スポーツ

February, 2011

Mrs. Hosokawa 4.jpg「オリンピック」と言えば、国民的熱狂を湧き起こし、今や莫大なマネーを動かすトップアスリートの国際大会として世界中に知られている。では、「スペシャルオリンピックス」を知っている人はどれほどいるだろうか。

スペシャルオリンピックス(SO)とは、「知的発達障がいのある人たちがスポーツを通して自立と社会参加ができるようになることをめざす国際組織で、日常的なスポーツプログラムと競技会を提供」*している。現在ワシントンDCに本部を置き,世界170以上の国・地域で活動が行われている世界組織である。1962年にアメリカのケネディ元大統領の妹、ユニス・ケネディ・シュライバーが自宅の庭を知的障がい児/者のために開放し、スポーツをさせたことから発展したもので、IOC(国際オリンピック委員会)から“オリンピック”という言葉を組織名として使用することを認められた団体だ。

私がこのSOについて初めて知ったのは、昨夏ロンドンで開催されたある国際会議でのことだ。現在本部を取り仕切っている創始者のご子息ティム・シュライバー氏のSOの活動についての話を聞いて興味を持ち、帰国して調べてみると、日本にも全国規模の組織があり、しかも2005年には長野で世界大会を開催していた。その礎を築かれたのが細川佳代子スペシャルオリンピックス日本(SON)名誉会長だと知り、是非いつかお話を伺ってみたいと思っていた。ご著書に感銘を受け、講演でもらい泣きもして、共感できる部分が多いという安心感はあったが、実際にお会いしてみると、予想通りとても楽しく、ずっとお話していたいと思わせる素敵な方だった。

細川さんがSOと出会うきっかけとなったのは、熊本で生活していた1991年、ある地元新聞で偶然見つけた、ミネソタ州で開催された第8回夏季大会でメダルを獲ったアスリート**の記事だった。だが、記事を読み進んでいくうち、細川さんはあることに気が付く。それは、この大会のメダルは、「“もっとも強く速い人”に与えられるのではなく、“可能な限り自分に挑戦し努力した人”に与えられる」ということだ。SOには“ディビジョニング”というシステムがあり、予選は同じくらいの競技レベルのアスリート同士が決勝で戦うための選別プロセスとして位置づけられている。全員が決勝に進むことができ、ディビジョン毎に、1位から3位までにはメダル、それ以外のアスリートには順位によって色の違うリボンが贈られるシステムなのだ。この「人に勝つことより、昨日の自分に勝つこと」を大切にし、全員にチャンスと褒賞を与えるSOの理念に感動した細川さんは、早速そのメダルを獲ったアスリートとも子ちゃんを指導した中村コーチとともに熊本で活動を開始した。

細川さんとSOのこの運命的な出会いのエピソードで最も感動的なのは、細川さんご自身も中村コーチを通して聞き感銘を受けたというある牧師の言葉だ。
「どんなに医学が発達しても、人間が生まれ続ける限り、人口の2パーセント前後は知的障がいのある子どもが生まれてくる。それはなぜかというと、その子の周りにいる人たちに、優しさとか思いやりという、人間にとって一番大切な心を教えるために神様があたえてくださるからだ。彼らは神様からの贈り物なのだ。」***

そしてその牧師はこう続けた。知的障がいのある子どもたちは、本来優れた能力や可能性をいっぱい秘めて生まれてきている。ただ、自分ひとりでそれを人に伝えたり、発表したり、発揮することが不自由なだけだ。周りの人たちが“かわいそうな子ども、”“何もできない子ども”と思いこんで、何もさせず、ただ保護したり隠したりして育ててしまったら、彼らは本来の可能性を伸ばすことなく、孤独で不幸な人生を送ることになってしまう。周りのちょっとしたサポートで驚くほどの力を発揮することができるのに…。

日本でSOの活動を普及させることが自分の使命だと感じた細川さんは、早速翌年ザルツブルクで開催された世界大会に選手2名、コーチ3名の選手団とともに赴き、またそこで生き生きとしたアスリートたちを目の当たりにし、開催地のホスピタリティとともにSOのすばらしさに触れる。その後、日常トレーニングと大小の競技会を提供するボランティア活動とその理念を広めるため、当時活動を休止していた日本組織を立ち上げようと全国津々浦々を自らリュックひとつで回った。企業からの資金援助や支援も、昨今ようやく根付いてきたCSRの概念もまだない頃で、どれだけ大変だったか計り知れない。誤解される方がいらっしゃるかもしれないが、ご主人の政治家としての立場を利用することはなかった。むしろそういう誤解をされないように選挙活動と切り離して進めていくことに苦心されていたようだ。

1994年11月27日、正式にスペシャルオリンピックス日本(SON)が誕生、翌年以降2年毎に開催される世界大会には毎回日本から選手団を送ってきた。そして「世界大会を開催することで国内の認知度が格段に上がる。日本もやるべきだ。」というシュライバー氏の助言を受け、2005年、ついに長野で冬季世界大会の日本開催を実現した。この成功には、1998年に開催された長野オリンピックの遺産や阪神・淡路大震災後のボランティア精神の芽生えが後押しした部分も大きいが、細川さんが提唱実施した「500万人トーチラン」始め、官公庁や行政への働きかけや説得がなければ実現は不可能だっただろう。とくに「500万人トーチラン」は日本独自のプロジェクトで、オリンピック同様ギリシャから運ばれるSO正式の聖火リレーが届く前に、全国規模で8500人の障がいのある人と12万人のボランティアが参加、資金集めと認知度アップという一石二鳥の大成功を収めた。本大会の方も、全世界80か国から約2000人のアスリートが参加、大成功の大会だった。私はこの時期海外滞在中だったためこの貴重な機会に立ち会えなったことを本当に残念に思う。私と同じく見逃した方はドキュメンタリー映画「ビリーブ」を是非ご覧頂きたい。

その大成功を期した長野大会の閉会式で、細川さんはこういうご挨拶をしたそうだ。

「今日はゴールではございません。スタートです。」

それはつまり、長野大会の本当の成果が問われるのは10年後で、それまでに障がいの有無に関係なく、すべての人々が地域社会でその人らしく生き生きと助け合ってくらしていける共生社会を実現することこそ、長野大会開催のゴールである、ということだ。細川さんのご経験からすると、日本では9割の人が知的障がいを持つ方々に対して無関心なのだそうだ。実際、内閣府の調査では、「障がい者が普通に社会参加できていると思う」日本人は18パーセントにすぎず、ドイツでは82パーセントにも達するという。これだけの実績と成功を収めながら、細川さんの使命感は尽きない。「SOの活動を通して、日本社会はまだまだ知的障がいのある方々を排除していることを実感した。この現状をなんとかしなくては。」

そんな思いから立ち上げたのがNPO法人「勇気の翼インクルージョン2015」である。2015年までに障がい者も日常生活が気苦労なく送れる「包み込む社会」の実現を目指す。

「インクルージョン」―日本ではほとんど耳にすることがなかった言葉を、月並みならぬパッションで謳い、活発に活動を続けていらっしゃる方の存在はとても心強い。先進的なヴィジョンもさることながら、その勇敢な行動力には圧巻だ。SOの活動を通して感じたスポーツのチカラについて伺ったところ、こんな答えが返ってきた。
Mrs. Hosokawa 2.jpg
「スポーツにはすべての子どもの可能性を伸ばしそれぞれの命を輝かせるチカラがあると思います。」

実感の込もった細川さんの言葉から、数々の笑顔が思い浮かんだ。実際「言葉にはしきれない」とおっしゃるのは、感慨の深さとともに、関わってきた知的障がいのある方々も数えきれないのだろう。「“命の尊厳”と言葉で言うのは簡単。でもスペシャルオリンピックスを通して、人は誰でも素晴らしい可能性を持っているのだということを学びました。スポーツなんてできないと言うのは周りのエゴ。スポーツはひとりひとりの命を輝かせるすばらしいもの。すべての人がスポーツをする機会を与えられるべきです。」心に響きわたる言葉だった。

尊敬すべきは、細川さんの何かをやる、やらない、という基準は、「自分にできるかどうか」、「大変かどうか」ではなく、いつも「社会にとって必要か」「自分がこれをやるべきか」という使命感による、というところだ。この使命感があるからこそ、スポーツの“命を輝かせるチカラ”をより強く感じられたのだと思う。

その細川さんが今注目しているスポーツがある。スペシャルオリンピックスの冬季公式競技でもあり、人気のある競技の一つであるフロアホッケーだ。直径20センチの穴の空いたフェルト製の「パック」を「スティック」で操り、相手側のゴールに入れる競技だが、障がいのある人もない人も、男性も女性も一緒にプレイできるユニバーサルスポーツだ。長野に日本フロアホッケー連盟を立ち上げ、全国普及のための活動に精力を注ぐ一方、競技大会も運営、9月には山形で第6回全国大会も予定している。

フロアホッケー連盟の誕生が画期的なのは、それまでスペシャルオリンピックスの中での競技であったものを、一般の人も参加できるようにしたところだ。スペシャルオリンピックスでは知的障がいのある人(アスリート)と障がいのない人(パートナー)が、トレーニング・競技会にチームとして参加する競技形態である「ユニファイドスポーツ®」がある。アスリートとパートナーは同程度の年齢と競技能力でチームを構成し、トレーニングや競技会に参加するもので、障がいのある人、無い人双方にとって大変有意義な活動ではあるが、実際日本では普及しておらず、試合もあまりできない状況で、それを打開するための策だった。

長野を中心に、インクルージョン教育が進んでいる山形でも採用され、男女の仲が悪くなる年頃の小学生が、男女混合チームをつくった途端仲良く協力できるようになり、いじめも減ったという効果もきく。また、特別支援クラスの生徒が一般の生徒と同じチームでフロアホッケーを楽しむことを推奨しているある中学校で、特別支援クラスからひとりだけ希望して参加した生徒は、一般の生徒と一緒に一生懸命プレイして“輝き、”ご両親を涙させたという話もある。これぞスポーツのチカラであり、こういう効果をどんどんつくり出していければ、世の中もっと明るくなる、と細川さんは信じている。もちろん、私も深く共鳴する。

社会貢献というと、アフリカや発展途上国への支援を思い起こす人も多いかもしれない。それも重要だが、我が国にも、このような社会問題は存在する。英国にも米国にもあり、世界ではスポーツを活用した社会変革プロジェクトがますます注目されてきている。細川さんとのインタビューは、Sport For Smile がこのような活動のプラットフォームとして活用され、日本での認知度が上がるよう今後も精力的に事業展開をしていこう、と気持ちを新たにさせるものだった。

語中:引用
*「花も花なれ、人も人なれ~ボランティアの私~」細川佳代子 角川書店 2009年
**スペシャルオリンピックスでは、参加選手のことを「アスリート」と呼ぶ。
***「花も花なれ、人も人なれ~ボランティアの私~」細川佳代子 角川書店 2009年


取材・文: 梶川三枝
写真: トム宮川コールトン

UNOSDP

国連事務総長付スポーツ特別顧問来訪!

2014_Sport for Future Smile in TOKYO_206.jpg
Sport For Future Smile 2014東京

「誰でも、いつでも世界を変えることができる!」
プレスリリース(英語)LinkIcon

UNOSDP日本初登壇プレゼン公開!

_MG_9810.jpgSFSラウンジ2基調講演

国連にスポーツを扱う部署がある?
UNOSDP PDFLinkIcon